RAW SKOOL (Project)

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RAW SKOOL

RAW SKOOL has a meaning of “stylish school” and “stylish era.It is the first exchange project in Japan for the next generation through street culture such as skateboarding and break dancing.It offers various “opportunities” that will stimulate the next-generation’s sensitivity by conducting international exchanges, providing confortable places, and holding workshops through street culture. Based on this point of view, the RAW SKOOL is energetically doing its own media activity such as interviewing key persons around the world and introducing articles.

RAW SKOOLとは、「粋な学校」「粋な時代」の意で、ブレイクダンスやスケボーなどのストリートカルチャーを通じた、日本初の次世代交流プロジェクトです。ストリートカルチャーを通じた国際交流や居場所作り・ワークショップなどの活動を実施し、次世代の感性を刺激する多彩な「きっかけ」を提供しています。その観点のもと、世界中のキーパーソンへのインタビューや記事の紹介をする独自のメディア活動も盛んに行っています。

■■ BBOY ISSEI ■■

(FOUNDNATION, Japan) R16 2012 & 2013 Solo Champion

Raw Skool1+

About the RAW SKOOL

This organization is for children who are under age of 18. The RAW SKOOL stimulates children’s mind and do the activation of exchange through street culture.They have performed in both Japan and overseas for the aim to revitalize various communities. The collaborations are mainly with break dancers, but they also do it with wide variety of artists through many projects. For example, street artists, skaters, DJs, musicians. Basically, these events are led by RAW SKOOL.

Meaning to challenge overseas as a Japanese dancer

Basically, these events are led by RAW SKOOL. I think (challenging abroad) is really important and I know this is true for other fields as well. The most important thing that I think is to take a look at other worlds, and understand your own roots, and then return the differences between other countries and the things that you learned from abroad to Japan. There were two people who went outside Japan this time. I want them to have consciousness that they are going to lead the scene with their individual potential of experiencing overseas, which they brought back to Japan.

To people who are going to challenge abroad

“If you want to be real friends with players in overseas, you have to be a good player” This word is quote from a senior person. However, I’m not in a position to say this word, so I would like to just introduce it. It is a given fact that artists have skills. This is a teaching that if you want to do something, it is better to show it to many people and be influenced by stronger characters from others and let people say “that’s awesome!”.

Lastly

I think “Community” and “Culture” are still not penetrated in Japan.Hopefully, younger generations can provide their feedbacks such as “awareness” and “differences” that they found overseas more and more to Japan.Some Japanese who are living in foreign countries run down Japan. However, I believe we all should look at the bright side and go toward it after understanding both strengths and weaknesses of Japan.

■■ BGRIL AYANE ■■

(K.A.K.B., Japan) Dance @ Live 2014 Japan Finalist

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○RAW SKOOLという団体に関して

おもに18歳以下の子供達を対象として、ストリートカルチャーを通じて刺激を与えたり、交流の活発化を行う団体です。活動は国内外で行っており、多岐に渡るコミュニティーの活性化を目指しています。ブレイクダンスが中心ですが、様々なアーティストともプロジェクトを通じてコラボを行っています。(ストリートアート、スケーター、DJ、ミュージシャンなど)基本的にイベントなどは、RAW SKOOL主体で行っています。

○日本人ダンサーとして、海外に挑戦する意義

凄く大事な事だと思います。それはどんな世界でも一緒だと思いますが。とても大切な事は、他の世界を見て、自身のルーツを見、他との違いや海外で学んだ事を日本に還元する事だと思います。今回の2人には、日本に持ち帰った「外での経験」を個々のポテンシャルとして、シーンを引っ張って行くという意識を植え付けてもらいたいと考えています。

○海外で挑戦する人達へ

「海外のプレイヤーとほんとうに仲良くなるためには、上手く無いとダメ。」これはある先輩の言葉なんですが、私は偉そうに言える立場ではないので、この言葉のご紹介にとどめておきます。アーティストが技術があるのは大前提。どうせやるのであればたくさんの人に見てもらい、さらに濃い個性をミックスして「こいつヤバいね」って言わせなきゃ、という教えですね。

○最後に

「Community」や「Culture」というのは、日本ではまだまだ浸透していないと思います。若い世代は、海外に出て気付いた「気づき」や「違い」をどんどん日本にフィードバックしてほしいなと思います。海外に出て日本の事をけなしている人もいますが、日本の良い所と悪い所を見た上で、せっかくだったら良い方向に皆さんで向かっていけば良いのでは無いでしょうか。

 
Raw Skool4+
CEO/Co- Founder
ABE “A.B.” Masaaki
Web: abe2funk.com

岩手県出身。早稲田大学大学院(建築学)、博報堂、Summify(カナダ)を経て、フリーランス。ダンスチーム「BORN 2 FUNK」、国内、カナダ、オーストラリアで優勝。

From Iwate prefecture. Graduate school of architecture, Waseda university (Japan), Hakuhodo (Japan), Summify (Canada) and now is a freelance.Won a prize in Japan, Canada and Australia as a member of a dance team “ The BORN 2 FUNK”.

 

 



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Kimie Tanaka (田中 希美絵) – Interview(JP)

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Photo Credit: Tai Liam Kimie Tanaka / 田中 希美絵 http://www.kimietanaka.com/ 愛知県名古屋市生まれ。東京大学経済学部を卒業後、インド、チリ、ニューヨーク、シンガポールを移り住む。ニューヨーク大学大学院映画学科修士課程修了。前作品・短編映画『寿』は2013年のショートショートフィルムフェスティバル&アジア日本映画部門で最優秀賞等を受賞、その後も国内外の映画祭に入選・招待された。一方で、『Luv(sic) Part 6 – Uyama Hiroto Remix featuring Shing02』のミュージックビデオや、CMも手掛けている。今作品『かくれんぼ』は、母の死後、引きこもりの弟の面倒をみるはめになった兄とその弟の兄弟の絆にまつわる短編映画で、2015年のトロント国際映画祭コンペティション他、国内外の映画祭で上映されている。パリ在住。 映画『かくれんぼ』facebook ページ: https://www.facebook.com/HideAndSeekNYUThesisFilm トロント国際映画祭でトロントにいらっしゃっているわけですが、トロントについての印象をお伺いしたいです。 映画祭の会場と宿泊施設の往復をしているだけなので、あまり責任を持って言えないんですけど、安全だし、何でもあるし、英語が通じるし、居心地が良いなっていうのはあります。フランスと比べると、人の感じも違いますね。カナダの人は思っていることを全て口に出して言うことが多いように見えるけれど、フランス人は別に言わなくてもいいと思っている、とか。 Kimieさんの映画のストーリーや登場人物は独特で繊細な印象を受けたのですが、テーマ設定や登場人物はどのように設定されていますか?ご自身が海外で生活していることの影響はありますか? まだ人に見せているものとしては二作しか作っていないし、常にっていう訳ではないんですが、基本的にテーマはその時点で自分の内部に持っている問題ですね。登場人物は外面的には色々なインスピレーションから作り上げるんですけど、その内部と、作品のテーマに関してはその時点で自分自身が興味のあること、ですね。海外の影響の有無は作品によります。今考えている作品のうちの一つはフランスにいる日本人っていう設定で、もちろんそれは、その設定自体がフランスに住んでいるっていう環境だからこそではあるんですけど。ただ、作品のテーマというと、日本で撮る作品でも、日本に住んでいたら気がつかなかったことから生まれてきていることもあると思います。 作品を作る中で苦労したことはなんですか? 作る過程のどの瞬間も、やっているときは「これが一番大変」って思います(笑)。でも、あえて言うなら、脚本、資金集め、演出、この三つですね。脚本に関しては、プロットとしての話はいくらでも作れちゃうんですけど、その話の中に自分の言いたいことが入っているかというのが大事で、つまり簡単に言うとテーマなんですが、それを見つけるまでが大変。資金集めに関しては、今回は半分をクラウドファンディングで集めたんですが、人様が汗水垂らして働いて稼いだお金を一円でもらうっていうのは責任が重いことだし、特に日本ではあまり受け入れられてない考えだから、自分としてもそれを消化するのにも苦心しました。演出に関しては、役者さんも生き物なので、どうやったら自分の欲しいものが撮れるっていう教科書に書いたものがない分、難しいですね。でも、ありがたいことに、今のところ、常に協力してくれる人に恵まれているっていうのもあって、制作過程において、人間関係の面で嫌な思いはしたことは全くないです。ですが、作っているときは人のためではないです。妥協はしたくないし、したとしてもそれを人のせいにすべきでないと思っているので。 映画作りのきっかけと海外に出たことは関係ありますか? 海外に出たのが先ですね。大学卒業間際に、日本の外資銀行に就活していたときに、グループ面接で周りが皆英語ぺらぺらっていう状況だったんです。そのとき、初めは、「私のお父さんも駐在員さんとかだったら今頃私もぺらぺらなのにな~」って思ったんですけど、その時に、私「お父さんが…」とか言ってるけど、私もう自分で行けちゃう歳なんだって気づいて。遅いですけど(笑)。それで、入行前にインドで半年だけインターンしました。そしたら、その会社の縁もあって、入行後一年も経たずに退職して、チリに移り住んだんです。そこで働き始めた会社は、国際色豊かな職場で、日本だとチョコレートが好きだからチョコレート屋さんになるっていう訳にはいかないですけど、私の周りの人は結構高校卒業したら一年間自由にやりたいことをやってそれから初めて大学だの何だの自分の進む道を決めるっていうことを経て来てたんですね。そこで「あ、そうか、やりたいことっていうのは、やっていいんだ」って思って、それが私の場合たまたまチョコレートではなく映画だったんですけど、それを行動に移したというのが始まりですね。 やりたいことを仕事にするっていう考えについてはどう思われますか? 前置きですが、実は今私にとって映画はまだ仕事じゃなくて、だから映画に関係ないことをしてでも、どうにかしてお金稼がなきゃという状況なのですが…だんだんわかってきたことですが、私は商業的な映画には全く興味がないから、映画を撮っていきたいけど、お金を稼げるようにはならないようです。だから、今も、今後も、どうしましょうと思っています(笑)。例えばですが、アイスクリーム屋さんとかやりながら撮れるときに撮る、とか一生やっていくことになるんでしょうかね。撮れるとき、つまり作品を書くときは主に自分の内面的な問題についてなので、私の場合今のところ、初心者だからかもしれませんが、一作品にまだ時間がすごくかかる。二、三年に一本昇華させて、これだっていうふうにようやくなる程度なんです。だからと言ってどうしようもないので、今のところはその答えを見つけようと急いでもないですけどね。撮りたい物を撮って、貧乏生活を続けて、それこそ今考えている長編を撮って区切りがついたら、何かお金を稼げることをしようと思います。 やりたいことを胸の内に秘めてる人へのメッセージはありますか? 何かをやるっていうのは、何かを捨てるっていうことになると思うのね。そうじゃなくていい時と場合もあるけど、それでもそういう覚悟はしないといけないっていうのはまず一つあると思います。だから、やりたいことがあってもそれができないっていうのは、まだ他のことを捨てられていないからだと思う、例えばプライベートとか。とは言っても、プライベートは人それぞれだし、「キャリア面でやりたいことをやる=幸せになる」っていう単純なことではないと思っています。全体として何を重きにするかは人によると思うし、私は言わば『幸せ』になりたくて、プライベートとかも犠牲にしていく覚悟で映画を撮って今のところ生き始めたんですけど、それができるのは、今はたまたま私は自分以外には責任のない立場にいるから。だから私みたいなのが、色々事情のある立場の人に、簡単に、全部捨てて頑張れなんて言えないと思うんです。 でも、そういう面もありつつ、もう一方で、できないっていうのは全部頭の中にあるだけで、実は元々できないっていうことでもないと思います。まだチリに住んでいて、映画へと方向転換しようかと悶々としていたときに、誰かに聞いたことなんですけど、チリのその時の70、80歳くらいのすごくお金持ちの人が同じようなことを聞かれて、”I wish, -when I was still 50 or 60, I didn’t think I was too old to do anything.”と答えていたんです。お金持ちになっていることは数ある指標の一つに過ぎないのですが、70や80になって、すごく『成功』していた彼でも、50、60代の時にもっとやれることをやっとけば良かった、と思っている。何歳でも思った事を何でも始めるべきだ、ということなんですけど、私はそれを聞いて、そうかーと思いましたね。私自身、最近になってさらにはっきりしてきたことですが、20代、30代っていうのは、もうほんとにまだなんでもできると思います。 最後に将来の展望を聞かせて下さい。 長編を撮りたいっていうのはありますね。賞とかに入ったら次に繋がるのでいいなとは思うんですが、基本的には、そんなの関係なく、自分が納得できる物を撮りたいです。実は今、今回映画祭に出品した『かくれんぼ』の長編版を撮りたいと思っています。後は、今住んでいるフランスでちゃんと資金を集めて撮ったことがまだないから、ある意味チャレンジで、今考えている長編と短編の企画をフランスでも完成できたらいいなと思っています。この二、三年の中ではこのくらいですね。 […]

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